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桐陰会雑誌 - この記事は連載の一部です
パート 139: この記事

電波研究会
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電研のこの一年間は、少々特殊な一年間だった。
我々二年生が院戦後電研を引継ぐまでは特に変化はなかったが、首脳となってからは、二年生員のうち三役を除く五名全部が幽霊会員に化け首脳陣までがやる気をなくしたり、電研の所有物が次々と盗まれたりで学芸発表会の準備が非常に遅れたことなどの事件が起こり、首脳陣一同、全くファイトのかけらさえも失ってしまった。その結果の学芸発表会は本当にひどいものであった。あれは果して発表と呼べるものかどうか疑わしかった。電研内部の断絶も激しく、当日まで三年生が何を出品してくれるのか責任者でさえ、よく知らない有様であった。
こんな様子だったから学芸発表会後も研究と言えるものは、ほとんどやらなかった。(できなかった?)一年生が五名入会したが、電研にあいそをつかした副責任者と会計が退会し、電研を責任者一人で引っぱって行かねばならなくなった。しかも元会計の三年生が会計簿を引継いでくれず、この三年生が卒業して移行、今年の学芸発表会直前まで七ヶ月間も電研には会計簿がなかったのである。
その後新歓前に、今年の課題を「アマチュア無線」に決めた。これはほとんど責任者の独断で決めた事であった。……院戦も終り、いよいよ研究会が本格的に活動をはじめると二年生(責任者はすでに三年生)が張切り出して電研の原動力となってくれた。このころから責任者の意欲が減少しはじめ、個人の力の限界を悟ったこともあって、引継ぎは学芸発表会の後と決めてあったのを急に変更して夏休み前に引継いでしまった。総てにおいて中途半端で二年生としては非常にやりにくかったろうが、よく頑張ってくれたと思う。また、今年の一年生はどういう訳か例年の一年生より頼りになる。それにファイトのある(?)三年生が一人入会したことも加えて電研はかなり充実してきた。その証拠に会誌を発行したり、一年を加えての製作活動も活発になった。そして迎えた学芸発表会。今度は私自身、電研の会員全部が意気投合し、発表が充実していることを感じた。これなら何か賞を受けるかもしれないと思った。しかし結果的には全く報われなかったと言ってもいいだろう。ここで思うのは、昨年、一昨年の責任者も述べた事だが、電研と一般生徒の断絶である。電研の研究は難かしすぎるのである。電研の会員が一生懸命、研究する程、一般生徒にとってはその内容が分からなくなるのである。いや生徒どころか理科の先生方でさえ理解できないところがしばしばあるのである。これでは生徒に分からせようとする方がまちがっている。しかしこれで良いのかもしれない。なぜなら、電研の研究は発表のための研究ではない。電気が飯より好きな野郎ども(女子会員はいない)が集って行なう研究のための研究だからである。この報われることのない研究を続けるのは並大抵の事ではない。電気を、電波をこよなく愛し、寝食を忘れて研究できる者にのみ許される事なのである。私はこれまでの事から電研は学芸発表会に出場する必要はないと思う。そして
「電研よ、一般生徒から遠ざかれ!」
と叫びたい心境である。

〇〇 三年で入会した意欲ある(?)人
〇〇 〇〇 〇〇 〇〇 〇〇}名にし負う幽霊会員たち、おそらく私のみが知っている存在だ。
〇〇 元責任者・元副責任者、元会計


電研の研究は発表のための研究ではない。電気が飯より好きな野郎ども(女子会員はいない)が集って行なう研究のための研究だからである。

これ好きすぎる

電子電脳技術研究会
著者
電子電脳技術研究会
筑波大学附属中学校
桐陰会雑誌 - この記事は連載の一部です
パート 139: この記事

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