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桐陰会雑誌 - この記事は連載の一部です
パート 148: この記事

電波研究会
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我三年生は、この電度研究会を二年生の時から二年間、率いてきた。理由はと言えば、我々より一年上級の先輩が、 全員やめてしまったからである。そのため我々は当初、「この電研を二年間かけて後想の研究会にしよう」といきごんだのであった。しかし実際はといえば、二年生までは何とか持ちこたえたが、三年の7月ごろになってとうとう息切れしてしまった。その結果、我々三年生の存在は、電波研究会の「顧問相談役」という何ともなさけない形になり、実質的には、 二年生に指導権をゆずったのでした。
しかし、この二年間の間にも少しは進歩がありました。ここでその二年間の活動の概略をお話ししましょう。
我々が二年生の初めに考えたことの中に、こんなのがありました。「現在、活発に活動していると言われている研究会も、内容的にいえば趣味の延長であり、 研究会として真に存在価値のあるものは皆無である。我々は、研究会本来の姿である研究ということをしていこう」というものです。地道を研究活動を続けるうちに、ゆくゆくは電研の発表につながるだろうと考えたのでした。しかし研究活動をする為には、知識と技術が必要です。 特に電研では、電子工学というやっかいな物があります。不幸なことに我々の中には、この電子工学を理解している者は二名しかいませんでした。その為、下級生にこれを教えるのに半年ほどかかっても終らず、最後には、各目にまかせてしまいました。ここで、我々がつくづく思ったことは、研究会にも知識的、技術的な指導者がいるということです。特に電研など中学生にしては高度な知識をあつかうものにはいえるようです。本来なら、そういう事も上級生が、下級生にを進えていくのが理想かもしれません。しかし、ほとんどの研究会がゼロから再出発しなければならない現在必要なことではないでしょうか。その点運動部はめぐまれた環境にあります。
話がだいぶそれましたが、この頃、我々は、知識の習得に力を入れ、研究会としての、いろいろな物の製作には、あたり力を入れませんでした。これは現在に至るまで同じ事が言え、その結果は前回、そして今回の学発の発表に現れ、その内容はさんたんたる物でした。もし、これに力を入れていたならば、もっと活動に活気が出たのではないかと思います。礎の力も大切ですが、製作により、経験的に知識や技術も身についたのではないかと、今になって思う次第です。
今後、電研を引っぱっていく〇〇君には、ぜひとも充実した楽しさがある電研にしてもらいたいのです。
電研よ永遠なれ!!  73 & 88
〇〇 僕に夢と希望を三年間あたえてくれてありがとう。電研は不滅です!
〇〇 電研の副責任者として、たいしたことはできなかった。ゴメンナサイ。サヨウナラ。
〇〇 一年の時は電研も楽しかったが、 しだいにさびれてしまい今ではひどいのだ。
〇〇 おれは電波に関する知識はとぼしいが、電研にかけた情熱はだれにも負けない。

電子電脳技術研究会
著者
電子電脳技術研究会
筑波大学附属中学校
桐陰会雑誌 - この記事は連載の一部です
パート 148: この記事

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