電波研究会#
早いもので、もう我々が首脳部として電研に君臨できるのもあと僅かだ。それでは、この一年の歩みを極めて利己的に書くことにする。
僕が先代の跡を継いで責任者の座に着いたのは去年の十一月だった。そして、その時怨念の会計係になったのがかの〇〇氏であった。知る人ぞ知る彼の図々しさ、口のうまさ、そして年寄り加減さ、それは特筆すべきものであり、まさに会計係に適任だった。同時に僕にとって責任者の座をおびやかす存在にもなった。
そんな具合で我々の一年が始まった。学発後は惰性で過ごし、冬休みと同時に冬眠に入った。
その頃〇〇氏は、生徒会予算では全クラブ中最も多い二八〇〇〇円を獲得して一同を驚かせた。
九人の新入生が入会後、新年度の活動計画を作った。それによると、「電子工学の基礎を学び、自分の手で一作品を作る。」となっていた。 一方、電研のアマチュア無線局JA IZXSの充実を計り、卒業生や会員外の構成員も入った。この様に、 この頃までは順調だったが、研究会不振の波は電研にも押し寄せ、まず 二・三年が幽霊になってしまった。 責任者までもが。だから、という訳でもないだろうが、一年生にも欠席が目立ち始めた。夏休み前から学発準備を始めたが、その頃はもう実質的なボスは〇〇氏で、彼の指揮下、学発参加責任者の〇〇氏を中心とした活動は素晴らしかったと思う。学発前数週間は僕も幾度が出席したが、 僕が居た時よりずっと充実した活動が行なわれていた。悲しいことに。
今年の学発は近年まれに見る盛況ぶりで、去年より内容の濃い発表だった。そう思うと、こんな僕でも来年が楽しみになるから不思議なものである。(三ノ四 〇〇)
〔今年の反省〕①三球ラジオの組み立てを途中でやめてしまった。
②先輩(技術的な指導者)捜し。せっかくS45卒の〇〇先生と会ったのに八月以降尻切れ。これは前年からの遺言なので来年も続けること。
③備品の修理。S52製作開始の無線機しかいじれず、「〇〇遺産」や去年のシンセサイザーまで手が回らず。
④学発。コンピューターの周囲は販やかであったが、去年の反省点「テーマを一つに!」は守れなかった。
結果として、今年の目標が工具購入であった為、新しいことはせず、 近年の活動をまとめる形になった。
最後に、我々の最高の指導教官〇〇先生、〇〇さんを初めとする諸先輩方、本当にどうもありがとうございました。次期責任者頑張れ!
(三ノ二 〇〇)