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桐陰会雑誌 - この記事は連載の一部です
パート 150: この記事

電波研究会
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我々「電波研究会」にとって今年は、忙しい年であった。
一月から四月までは、「電研」の遺産ともいえる「シンセサイザー」の修理が中心であったが、その努力もむなしく、結局おてあげ。
五月になると、一年生が7人入会し、あわただしい日々が始まる。まず一年生に、電子工学知識を身に付けるために、三年生が講義をしだした。一年生は、アマチュア無線の免許を取るために必死で聞てくれ、とても二年生にとっては楽であった。
そのころ、アマチュア無線の活動をさかんにさせようとして、予算や会費などを使って、ハンディ型の無線機を購入した。それが、活動をめちゃくちゃにしていく原因であった
二年生は、アマチュア無線に没頭してしまい、一年生は遊び出して、ひどくなっていく一方であった。
けれども、あまりにも度が過ぎるこの状態に気が付いた我々は、会合を聞き、電研を立て直そうとした。
そのころはもう、夏休みが間近に近づいたころで、学発のことが話題になり始めた。数十回の会合によって、電研として、どのように参加するかが決った。そのころ、ラジカセが各社があいついで新製品が発売されだした。そこで電研としては、そのラジカセについてやろうということになった。けれどもそれはとても困難であった。資料も少なく、一向に進まなかった。
それと平行に進めて行った。アチュア無線は、免許を取った人が多く、楽な方だった。けれども、今回はそれに重点におかなかった。そのためか、時間がたつにつれて会員の顔色が変ってきた。もともと、我々のやってきたことは、一種の趣味である。それをみなさん方にわかってもらうのは、たいへんむずかしいものである。それを変なみえのために、大きな物にして人気の出るようなものにしようとしたため、さらに進行を妨げたのであった。
そしてとうとう、完全には出来ずに当日を迎えてしまった。その日はたいへん忙しかった。ろくに他の発表も見ないで終った。けれど会員全員は満足だった。完全には出来なかったけれど、全力を尽し、出来る所までは必死に作り上げたのだから。
学発によって、活動をさかんにし一・二・三年のつながりもよくなりよかったと思う。これからは、変なみえをはらず、じみちな活動をしていき、学発には、すばらしい、活動の成果を発表しなければならない。
今、電研では次回の学発に向けてもう活動し始めているのである。
(二ノ四 〇〇)

電子電脳技術研究会
著者
電子電脳技術研究会
筑波大学附属中学校
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